キイさんの思い出し日記

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zoom RSS  甲州街道・寄り道歩き 第4回 “代田橋から八幡山へ”  

<<   作成日時 : 2017/02/28 22:46   >>

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 2017年2月28日(火) 晴れ 風寒し
 日本橋から出て、四谷、新宿を通り、「甲州街道・寄り道歩き」の第4回目
 今回は、甲州街道と並行して走る京王線の「代田橋駅」から出発し、「本願寺の廟所」にお参りして、さらに西へ向かう。

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        京王線 代田橋駅 北口

 前回の終わりの「代田橋駅」の周辺は、小さな店がたくさんあって面白い。また、近くには「玉川上水」が細いながらも流れているのが見られる。

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        代田橋駅北口に並ぶ店

 代田橋駅から小さな店が並ぶ細い路地を北へ少し歩いて甲州街道に出る。午前11時ごろ。

 松原交差点で「井の頭通り」を横断する。11時15分ころ。

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        松原交差点 井の頭通り

 やがて、左下に「明大前駅」が見えてくる。

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        京王線 明大前駅

 新宿からずうっと街道の南側を歩いてきたが、明大前にあるエレベーター付きの横断歩道橋で北側に渡り、「明治大学・和泉校舎」の正門前に出る。11時20分ごろ。

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        明治大学・和泉校舎

 明大の敷地に沿って西へ進むと、「築地本願寺・和田堀廟所」に着く。11時25分ごろ。

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      築地本願寺・和田堀廟所

 大正12年9月1日の「関東大震災」により、東京は壊滅状態になったが、その折、被災した築地本願寺の墓地については、この「杉並区・和田堀」の土地に昭和5年に移転して来たものである。当時は、富士山が望める近代的公園式墓地として注目されたという。

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        和田堀廟所 本堂

 ちなみに、説明版によれば、この和田堀廟所には、樋口一葉、佐藤栄作元首相、元横綱吉葉山、作曲家の古賀政男、歌手の笠置シズ子等、多くの著名人の墓がある、とのことであるが、当所にはそれらを示す配置図は無かった。

 広い墓地の中を探し回ったところ、「樋口一葉」の墓に参ることができた。

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           樋口一葉の墓

 しばらく、墓地の中をさまよった後、廟所を出て、近くの「寺町」ストリートを通っていく。11時55分ごろ。
 関東大震災や東京大空襲のために被災した東京都心からは、多くの寺が、当時は富士が見える林や畑ばかりだった郊外の杉並区や世田谷区に移転して各地に「寺町」を形成して今日に至っている。

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        寺町の一角

 寺町を抜けると、「玉川上水」を覆った緑道に入る。12時10分ごろ。
 一部には遊具なども設置されて公園化されており、かなり長い距離の公園様式の緑道として整備されている。

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        玉川上水緑道

 適所にベンチなどもあり、弁当を開くにはなかなか良い所である。

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        弁当を開く

 暖かい日が続いて、もう「ボケ」の花が咲いている。

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        ボケの花

 長く続いていた緑道は、やがて甲州街道の「下高井戸陸橋」の下に出る。13時10分ごろ。

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        下高井戸陸橋

 陸橋の下で甲州街道を再び南側に渡り、左手に京王線の「上北沢駅」の入口を見る。

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        京王線 上北沢駅 入口

 甲州街道の頭上を覆っていた高速道路は、上北沢駅入口の近くで右手に大きくカーブしながら去っていく。

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        高速道路が去っていく

 頭上の高速道路が外れた甲州街道は、途端に広々として、また明るい空の下で伸び伸びと走っているようだ。また、沿道の並木も生き返るだろう。

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        明るくなった甲州街道

 広々とした甲州街道をまた進んで、左手の奥に入ったところにある京王線の「八幡山駅」に到着。13時30分ごろ。
 今回の旅は、ここで終わり。

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        京王線 八幡山駅

 次回は、八幡山駅から徒歩15分ほどの「蘆花恒春園」を訪ね、さらに「世田谷文学館」にも寄りたいと思っている。

 ちなみに、今回歩いてきた道は「杉並区内」のようだが、並行している京王線の駅は「世田谷区内」にあるようだ。次回は、いよいよ世田谷区内に入るが、この辺りの街並みは連続しているので行政区の境界が分かりにくい。地図を見ても複雑で目が痛くなる。


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